昔、沖縄ではガラス製品は作られておらず、本土から船で運んできたガラス製品を使っていました。船で運ぶ際、波による破損が激しかった為、明治時代中期、各地からガラス職人を呼びよせ沖縄でガラスを生産するようになりました。これが琉球ガラスのはじまりです。当時は主にランプや薬瓶などが作られていました。
しかし第二次世界大戦により沖縄のガラス工房は壊滅的な被害を受けてしまいます。戦後間もなく資源不足の中、どうにか工房を立て直そうと、アメリカ駐屯基地に捨てられたコーラやビールの瓶を再生利用できないか考えた末、生まれたのが現在も受け継がれる再生ガラスです。アメリカ軍が戦後も駐屯し続けたことにより再生ガラスは発展を遂げました。当時はアメリカ軍の駐屯軍人の生活スタイルに合わせたワイングラスやサラダボウルなどが多く作られていました。再生ガラスならではの厚みや多くの気泡も、良い味わいだと好まれました。
再生ガラスは他のガラス製品と比べて気泡が多く入ります。その原因は不純物にあります。再生ガラスは廃棄されたビンを再生利用しているため、どうしても取りきれないラベルなどの不純物が入り込みます。その影響により、気泡が多く現れます。しかしこれは再生ガラスの特徴であり一番の魅力です。再生ガラスはよく温かみがあると言われますがこの気泡が入り込んでしまうことにより温かみが出て柔らかい印象になります。
また、溶かしたガラスを吹き竿に巻き取り、一つ一つ職人が息を吹き込んで作っている為、製作過程でうつわの底の中心部分に丸い跡ができます。手仕事だからできる手吹きガラスの特徴です。そして一つ一つ手作業になりますので写真と多少異なる場合があります。ご理解の上お買い求めください。
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